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片野 裕規さん(マークアップエンジニア)

ドライな関係でゆるく、自分なりの社会貢献のスタイルを発見!

 

 

片野 裕規下さん(ITサービス、Web制作業)
プロボノでの役割:マークアップエンジニア
参加プロジェクト:家庭問題情報センター 大阪ファミリー相談室(FPIC)
(2014年4月~2015年5月)

 


 

海洋環境について学んだ大学時代から、社会課題の解決について問題意識を抱いていた片野裕規さん。卒業後はモヤモヤを内包しながらもシステムエンジニアとして会社員生活を送っていたと言う。プロボノを知ったのは2013年のこと。プロボノワーカーとしてプロジェクトに参加するまでの経緯と、参加して何を得たのかを聞いた。

「自分だからこそ」のスタイルでの社会貢献を模索して

 

―そもそもボランティアには興味をお持ちだったのですか?

経済や産業といった人間活動と地球との整合性が取れずに歪みが出てきた。それが今の地球環境の諸問題を生み出しているのだと、かつて大学時代に学びました。ちょっと突飛だけどそれが、私が社会貢献に関わりたいと思ったきっかけです。

 

人は営利活動だけに没頭していてもいずれダメになる。大学の水産学部で環境について学んで、それを活かして何か社会に貢献したいと考えてはいたものの、環境問題はスケールがデカ過ぎて手を出そうにも糸口もなく、活動する場所も身近にない。環境問題といっても人と関わって、人を動かさないと始まらない。理想だけで行動できない現実を考えつつ、それでも何か社会に貢献できることがあるはず。

 

一方で社会課題の解決には貢献したいと考えてはいたけれど、困っている人に直接手を差し出すことだけがボランティアなのか? それってちょっと偽善的なんじゃないか? という思いがくすぶってました。ボランティアにも、自分なりの手応えを求めていたんですね。自分なりの専門性を期待されて、仕事で得たスキルを活かしたい。どっぷり関わることはできなくとも、効率的に社会課題を解決するための“仕事”ができないか。そんな時、前職の同僚に紹介されたのがサービスグラントのプロボノでした。

 

―プロジェクト参加までの経緯を教えてください。

2013年、説明会に参加してから、実は仕事のことで気を取られて登録までしばらく時間が経っていました。さらに登録後1年ほどは、何も活動してませんでした(笑)。仕事が忙しくなったこともあるし、実際の活動へとステップを進めるきっかけを掴めなかったというのもあります。ところが、ちょっと仕事が一段落したタイミングでプロジェクトメンバーの募集がありまして。今思えばタイミング的に良かった。

 

仕事の整理がついて、自分の人生の目標やタスクを棚卸しする時期だったんですね。それまではとは違う、人とのつながり、コミュニティとの関係を築くのも良いかなと思えて。じゃ、せっかくだからまずはプロボノワーカーとして動いてみよう。そう思って、プロジェクトの内容はほとんど知らないままに参加しました(笑)。

 

 

仕事としてドライな関係でいながら、仕事で得られない熱量に学んだ。

 

―説明会からの時間の経過もあるなかで、実際の活動はどんな印象でしたか?

 

支援先の大阪ファミリー相談室(FPIC)は、離婚した家庭の問題の相談などの家族問題に対応する公益社団法人で、ホームページのリニューアルを依頼されていました。これは企業のウェブサイト制作という普段の仕事と大きな差異もなく、ワーカーとしての私自身の役割や動きは、イメージと大きなズレはありませんでした。それぞれに異なるスキルを持つ人が集まって、違った個性が集まる。とくにプロジェクトマネジャーが親しみやすい方だったので、チームビルディングも順調にいったという印象がありました。飲み会なんかもやったりして、コミュニケーションも円滑だったので、プロジェクトへの取っ掛かりもスムーズでした。

 

―支援先との関係はどうでしたか?

私は「仕事」というスタンスで、ややドライに接していたんですが、支援先のみなさんには社会課題の解決という使命感を持って取り組んでいるので、何事にも熱い。この温度差を感じました。当初は表面的なヒアリングをこなして、サクサクと仕事に取りかかるはずだったんですが、ヒアリングを重ねるほどに取り組んでおられる問題がヘビーなのも理解できました。

 

そうなると単に体裁だけを整えるホームページのリニューアルでなく、本質を捉えて取り組まねば、と思うようになって。そこまで突っ込んで理解し合えるようになるまで、数ヶ月。普段の仕事であれば必要最低限の接点で効率的に進めるべし、との考えから始まるのに比べると考えられないですが(笑)。とは言え、採算度外視でしっかりヒアリングで聞き込めるのも、プロボノならでは。この点は良い経験になりました。

 

―普段の仕事に差し支えはなかったですか?

登録した当初は制作会社に勤務して、CRSのレポート作成をしたり社内のシステムエンジニアのような業務を担当したりと、いろんなことをやっていたのですが、プロジェクトがスタートした時には会社を辞めてフリーランスとして緩く仕事をしていました。ホームページ制作やエクセルのマクロを組んだり、ウェブの記事を書いたり。そんな状態だったので、プロボノが唯一チームでの仕事でした。だから、いろんな意味でメリハリをつけるのに良かった。気持ちが引き締まるというか、プロボノのタスクを基点にスケジュールを組んだりして。「プロボノのおかげで仕事が回る」みたいな状況でした(笑)。

 

加えて、普段は接することのない人との接点もできて。例えば、マーケッターで参加している人は普通の会社員だったり、ホームページ制作とはまるっきり関係のない職業の人もいたり、年齢も若い人だけでなく年上で部長クラスの方もいたりしました。もちろん業種や職種の違いによる言語差異や認識の違いはゼロというわけではなかったけれど、プロジェクトマネジャーのフォローでストレスなく進みました。

 

 

じっくりと時間をかける。仕事との関わりを再考し、新たな経験から自信もスキルアップ。

 

―プロジェクト自体は当初の予定を超えて、スタートから14ヶ月を要したと聞きました。完了したときはどんな思いでしたか?

 

とにかく「やったね、完成したね」とホッとしました。でもやっぱり、支援先に喜んでもらえたのが嬉しかったです。何よりマーケティングにしっかりと時間をかけているので、ちゃんと的を得た形にできた。実は制作途中、みんなでいろんなアイデアを出したんです。ちょっと変わったことをやりたいというのは、仕事でもあることなんですが、制作者側では実行の判断はできないんです。

 

マーケティング的に正しいのかどうか、利害関係や第三者の気分を害したりしないか…。いろんな要因を考慮して、リスクを回避する形に落とし込まざるを得ない。プロボノのプロジェクトではヒアリングに基づいて判断できた。これなら大丈夫と思える形にできたことでも、大きな達成感を得ることができました。

 

―プロジェクトを完了して、片野さんご自身はどんなことを得られたと感じましたか?

 

報酬ありきの仕事とは違う関係だからこそ、じっくりとことんできた部分もあると思います。それゆえ、いろんなことに時間をかけて考え進めることができ、その中で経験できたことは少なくありませんでした。実は私のプロジェクトチームは、マネジャーが途中で東京に転勤してしまい、引き継ぐ形で私がマネジャーの役割を担うことになって。振り返れば、私自身のプロジェクトを仕切るレベルはグンと上がりました。実務を勉強させてもらえたことは、普段の仕事でも役立っています。

 

―プロボノワーカーとしては、何か気づきはありましたか?

社会課題を解決するためには、しっかりと主体的にやる気を持って取り組まないとダメなのかなと思います。一方で私のようにものごとに対してドライに、どこか醒めたスタンスで関わるタイプの人間にとって、プロボノはほどよく肩の力を抜いて関わっていけるという点で、魅力的な活動だと思います。むしろそういう形でも、社会問題の解決に貢献できるんだというのは、大きな気づきでした。ドライに「ちょっと今なら手が空いてるから、月一回くらい集まって半年か1年くらいの期限付きで何かに関わってみよう」という緩い感じでも貢献することはできるし、いろいろな気づきも得られる。ちょっと普段の仕事にも活かせるし、ということを経験して実感しました。経験と知識と、仕事以外の社会を知り、いろんな縁を得られたのは、プロジェクトの参加での大きな収穫です。

 

※掲載内容は2016年2月26日取材時点のものです。本記事は、関西の有志のプロボノワーカーからなる「プロボノワーカーの声プロジェクト」メンバーによって、インタビューから記事作成までご協力いただきました。

 

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