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【イベントレポート】プロボノの「その後」に広がる景色とは?

プロボノの「その後」に広がる景色とは?

 

仕事の経験・スキルを活かしたボランティア活動「プロボノ」を経験した人が、その後、ご自身で新しい活動を立ち上げるケースが生まれています。

新しい事業会社を立ち上げたり、新たなコミュニティを開いたり、地域との継続的な関係性を築いたりと、その在り方は人それぞれです。

プロボノを入口として、その先に広がる景色とはどんなものなのか。

3人のプロボノ経験者をお招きして、プロジェクトの経験とその後の展開について、お話を聴きました。

[この記事は、2026年2月23日に開催された日本財団ボランティアセンター主催「Volunteer’s Summit 2026」の分科会トークセッションの内容をまとめたものです]

 

 

プロフィール

 

河田 浩司さん

(ハノン・ケアシステム株式会社 代表取締役 訪問看護ステーション「ホウカンTOKYO」運営)

2015年に東京都福祉保健局(当時)とサービスグラントの協働による「東京ホームタウンプロジェクト」において、稲城市矢野口地区の介護予防の取り組みの効果可視化を支援するプロボノプロジェクトに参画。2017年に都内を中心に訪問看護の新規事業の起業に携わり、現在は代表取締役として陣頭指揮を振るっている。

 

栗林 真由美さん(育休コミュニティ MIRAIS 代表)

2014年に育休中や子育てで退職した女性たちによるプロボノプログラム「ママボノ」において、外国人観光客と日本人家庭の交流を推進する団体のマーケティング施策を支援するプロジェクトに参画。2018年、第二子育休中に「なんとなく過ごす育休」をなくしたいをミッションとする育休コミュニティ「MIRAIS(ミライズ)」を立ち上げ。現在、累計1,500人を超えるコミュニティとして発展している。 会社員管理職の傍ら代表を務める。

 

藤村 英樹さん(takayamahub 信州高山村コミュニティHUB 発起人)

パナソニックコネクト(株)でロボティクス分野の製品開発を行うとともに、中小企業診断士としてAI活用等で中小企業支援を行うパラレルワーカー。2016年、サービスグラントのプロボノに初参加。多様な支援先を対象にこれまで10以上のプロジェクトを経験。2020年、長野県高山村のワイン産地化に向けた事業計画づくりを支援するふるさとプロボノに参画した後、村の関係人口へ。2022年、「よそ者が仕掛ける村おこし」takayamahubを発足。

 

【聴き手】

嵯峨 生馬(認定NPO法人 サービスグラント ファウンダー)

 

トークセッション

 

――皆さん大変お久しぶりです。もう何年ぶりでしょうか。お会いするのを楽しみにしていました。今日は、以前にプロボノに参加され、その後にご自身で新しい活動を立ち上げられた皆さんのお話をじっくりお伺いできればと思いますので、どうぞよろしくお願いします。
それでは、さっそくですが、皆さんの自己紹介と、関わられたプロジェクトについてご紹介をお願いします。

 

河田さん:私が関わったのは、2015年に、東京都稲城市矢野口地区で、介護予防に取り組んでいる活動の成果を可視化するプロジェクトでした。
矢野口地区ではラジオ体操をはじめ介護予防の活動が広く住民に広がっています。
しばしば、その理由はスーパーおばあちゃんがいたからだよね、といった評価のされ方をしていました。もちろんその要素もあったのですが、続けるための仕組みづくりや、男性がどう関わったらいいか、といったことなど、ものすごくいろいろな工夫をされていました。そうした歴史をひもといて、うまくいったポイントをまとめ、成果を数字で訴えながら、資料に落とし込んでいきました。

当時は経営コンサルタントの会社に勤めていましたので、こうした資料作成などは、私の得意分野を活かした活動でした。
そして、このプロボノプロジェクトへの参加をきっかけとして、その後、起業に挑戦し、いまは東京都内で訪問看護ステーション「ホウカンTOKYO」を運営する会社の経営をしています。直営で運営している訪問看護ステーションが3ヵ所あるのに加えて、ステーションの運営を代行するシステムを作って4ヵ所のステーションの運営をサポートしています。

 

▼河田さんが参加したプロジェクトはこちらです
矢野口地区介護予防ラジオ体操会
「100円のラジオ体操が将来いくらの価値に? 草の根の健康づくりの効果を可視化する試み。」

 

栗林さん:ふだんは、いたって普通の会社員です。
ママボノという、産休育休中のママたちが集まってプロボノに取り組むプログラムがあって、そこに参加しました。当時の写真には私が抱いている赤ちゃんがいますが、いまはこの子が中学生になります。もう10年前のことになります。
支援したのは、NPO法人NAGOMI VISITという、外国人のホームビジットを軸に活動している団体でした。まだインバウンドが流行る前の時期から、観光ではない、日本の日常の食卓を日本人と囲んでローカルな交流を目的とするような活動を広げていきたいという思いを持った団体でした。
子ども連れの訪日外国人たちを受け入れる日本側の家庭をどうしたら増やせるか、という課題について、マーケティング調査を行いました。受け入れた実績のある家庭にヒアリングをしたり、育休中の他のママたちの意見を聞いたりしながら、団体に向けて提案を行いました。
このママボノの経験をきっかけに、育休を有意義に過ごすことが、いかにその後の女性のキャリアに影響するのかを肌で感じました。そこで、有意義な育休を過ごす人を一人でも増やしたいと思い、オンラインの育休者向けコミュニティ「MIRAIS(ミライズ)」を立ち上げまして、今年で8年目になります。延べ1,500人が参加するようなコミュニティを、会社員をしながら運営しています。

 

▼栗林さんが参加したプロジェクトはこちらです
NPO法人 NAGOMI VISIT
「外国人観光客のホームビジット受け入れホスト家庭増加のためのマーケティング基礎調査」
※NAGOMI VISITの活動は、2025年9月1日付で、ボーダレスハウス株式会社に事業譲渡されました。詳しくはこちらをご覧ください。

 

藤村さん:私は大阪からやって来ました。ふだんは、パナソニックコネクトという電機メーカーで、ロボティクス関連の製品開発を行っています。
会社の取り組みの一環としてプロボノと出会って、その流れで取り組んだのが、信州高山村観光協会(長野県高山村)の支援でした。それまで、高山村のことはまったく知りませんでしたが、地域社会を支援する「ふるさとプロボノ」に参加しました。ふるさとプロボノは、都市で働いている社会人が地域に入り、地域の人と一緒に課題解決していくプログラムです。
高山村は、ワインぶどうを作っている地域で、10年ぐらい前から自分たちの村でワインの生産も始めました。地域には古くからの温泉場もあるのですが、せっかくのワインという新しく生まれた資源を活かしきれていないという問題意識があり、ワインを観光の中で有効活用しながら取り入れていきたい、そのための方策を考えるプロジェクトでした。自然の豊かな地域の魅力と掛け合わせた施策を提案させていただきました。
その後、高山村が、いろいろな魅力が詰まった面白い場所だと感じ、勝手に村おこしをやっちゃおうということで、takayamahub(タカヤマハブ)という活動を通じて、村の情報発信をサポートしています。村の中にも新たな移住者とうまくつながっていなかったり、村の外で高山村からワインを仕入れてお客様に出しているお店があるとか、村の内外での関係性や知人友人のつながりを生みだすようなことを、よそ者ながら取り組んでいます。

 

▼藤村さんが参加したプロジェクトはこちら
信州高山村観光協会
「ワインを中心とした高山村の新たなファン作りのための戦略提案」

―― 皆さんにとって、プロボノプロジェクトに参加したときに印象に残ったことは何でしたか。

 

河田さん:もともとコンサルティングという仕事をしていて、昼夜問わず、休みも問わず働く、みたいなことをやっていました。地域に出ていくと、まったく違う風景が見えるのではと思って始めたのですが、共通点の方に先に目が行きました。
企業で仕事をしていると、クライアントの企業がどれだけ真剣に取り組んでくれるかがプロジェクトの成否を分ける重要なポイントになります。このプロボノを通じて感じたのは、地域の人の熱量がものすごく強くて、自分たちのまちのことは自分たちで解決するという熱量を感じました。直感的に、これはうまくいくな、と思いました。
特に地域の熱量を感じた一幕が、毎年秋口にこの地域で開催される「介護予防大会」を見たときのことです。学校の体育館がいっぱいになるぐらいの人、つまり、数百人単位の人が集まって、ボッチャの体験をしたり日ごろの取り組みの発表をしたりしていました。こうしたことを毎年続けている地域の力を強く感じました。

 

栗林さん:ママボノに参加する前の感覚として、自分は何も持っていないな、というものがありました、私はITの会社に勤めていますが、エンジニアでもなく特別な資格を持っているわけでもありません。そして、当時、育休中から復帰していきいきしている女性って、誰もいなかったんですね。
だから、すごくネガティブで、優れた何かを持っているわけでもない、という風に自分自身を捉えていました。ですが、ママボノに参加することによって、こんなの役に立たないだろう、と思っていたスキルが意外と「あ、それすごい助かる」と言われたりとか、ママになることによってキャリアが後退すると思っていたのが、ママ目線だから解決できる課題が世の中にはある、自分は取り柄がまったくないと思っていたのが180度変わりました。それは大きな経験だったなと感じます。

あと、当時プロボノに参加するまで、社会課題がある、ということは頭で分かってはいたものの、まぁ大変だよね世の中、いろいろな壁があるよ、ぐらいに呑気に構えていたわけです。いざプロジェクトに関わってみると、社会課題を平面で捉えるのではなく、その奥にはこういうことがあって、社会課題はこういうことなんだ、ということを「インストール」できた、社会課題の解決に取り組んで初めて、こういうことが起きているのか!と感じたのが強烈な体験でした。
もともとはニュースを見ても、大変なんだろうな、ぐらいの感想しか持たなかったと思うのですが、プロボノ後は、その奥にはこんな人材不足があって、とか、いろんな背景があって、といったことを想像するようになりました。平然と暮らしている日々の中で、いろんなところでいろんな思いを抱えて走っている人たちがいるんだなぁ、と、そこに思いを馳せるようになったというか・・・。

 

――「こんなの役に立たないだろう」と思っていたけど、実際にやってみると喜ばれることが分かったスキルというのは、どういったものがありますか?

 

栗林さん:仕事で当たり前のようにやっている作業です。私の場合、仕事でプロダクトを作る場合、スケジュール管理という作業があります。スケジュール管理なんて、スキルの名前なんてないし、ただの管理、と自分の中では捉えていました。プロボノプロジェクトが始まると、最終的な成果物をつくるまでにどれぐらい時間があって、いつまでにこれとこれをやらないといけない、というスケジュールをまとめたら「それ、すごい助かる」と言われたんです。これで役に立つんだ!と思いました。

 

―― 藤村さんからも印象に残っていることをお願いします。

 

藤村さん:高山村のいろいろな方のお話を聞きながら、成果物を作り上げていきました。温泉旅館や飲食店など観光に関わっておられる方、ぶどう農家やワイナリー、ワイン好きの方など、村役場の方にご協力いただきながら片っ端からヒアリングを進めていきました。
みなさん共通して、高山村のことがすごく好きだということが伝わってきて、その中から、高山村の魅力もいっぱい見つかりました。
私たちがしたことは、高山村のいいところとして私たちが気づいたことをお示ししたわけですが、それだけでも、とても感謝されたんですね。
実際住んでおられる方にとって、観光客の減少といった現実もある中で、自分たちの村のいいところを気付きなおせたということが喜ばれました。特に、その後の具体的な取り組みの旗振り役となる観光協会の方たちが、自分たちの村の魅力や今後の取り組みなどについて、言語化ができてクリアになったということで喜んでいただきました。

 

―― プロボノをきっかけとして、皆さんそれぞれ新しい動きを始められたわけですが、そうした新しい活動を始めるにあたって、プロボノ以外にも役に立ったものがあるのではないかと思います。そのあたりをお聞かせ願えますでしょうか。

 

河田さん:いま会社を経営していますので、経営者の立場として、いままで役に立ったことは何かと考えますと、本当にすべてかなという感じもします。もともと社会人の初めの頃は、営業から始まりました。営業でお客様からお金をいただくことの難しさを経験したことも、その後、コンサルタントとして経営のことや物事を俯瞰で眺めるという経験も大きかったです。あと、私は大学院を2つ行ったということがあります。ひとつは経営学の大学院、もうひとつは訪問看護が医療の仕事になりますので、まったく医療を知らない人が医療の世界に入ってきたと言われるとそれだけでコミュニティに入れないという難しさを感じていたので、大学院で医療政策や病院経営などをひと通り学びました。

栗林さん:仕事やプロボノ以外で役に立っているなと思うのは、やはり、子育て、だと思います。これほどうまくいかないのか、これほど思い通りにいかないのか、という・・・このときに風邪ひくか!みたいなときの対応など、ママボノをやっているときも、次々にリレー形式のように子どもが風邪をひいて、いやぁ、納期厳しいなぁ、みたいなことになりました。でも、こういうものなんだな、人を育てるということは、と。自分の矛盾というか、いかに自分の思い通りにいかないか、ということを体感するということが、ふだんの仕事でも生きているなと思います。会社でもいろいろあるわけですよ。うまくいかないこと、想定通りにいかないこととか、いろいろ起こるわけですけれども、理不尽なことに堪えた経験というか(笑)、それが実は思いのほか役に立つんだ、ということが生きているんだなと振り返ったりします。

 

藤村さん:私は、高山村以外でもいろいろなプロボノ活動をやっているんですが、そこでは、チームのメンバーは会社も違うし、地域団体やNPOのぜんぜん世界が違う人たちとお話させていただきます。自分とはぜんぜん違う人と触れ合う、お話をするという抵抗感がぐっと下がったな、と思います。
これがその後も会社で役に立っているなと思っています。私が理系だからかもしれませんが、けっこう理屈っぽくて、論理的にきちんと物事を捉えて、自分がパーフェクトなロジックを組んで追及するタイプだったと思います。それが、プロボノを始めてから何年かした頃だったと思いますが、「藤村さん、雰囲気変わられましたね」と言われたんです。いろんな人と触れ合う機会をいただくことで、相手の話を聴くとか、理解しようとするとか、そういうことが少しできるようになったようなのです。他の部署の人とか、お客様とか、違う人と一緒に仕事を進めていくための姿勢のようなものを、いただけたのかなという気がしています。

 

―― いまの藤村さんのお話を伺って、河田さんにお聞きしたいのですが、河田さんのされている訪問看護の事業では、スタッフに看護師さんを多数抱えておられて、これまで河田さんがされてきたビジネスのコミュニケーションとは様子が異なるのではないでしょうか。そういったところに、プロボノの経験は活きているでしょうか?

 

河田さん:そうですね、プロボノの経験は150%ぐらい活きています(笑)
やはり、私も藤村さんと同じように、論理でゴリゴリ進めるというスタイルだと思うのですが、それがまったく通じない世界、なんですよね。例えば、事業なので、利益を出そう、新しい患者さんを増やしていくために営業しよう、という話をすると、利益や儲けというものにすぐさま拒否反応が出たり、営業は私たちの仕事じゃありません、みたいな風に言われてしまいます。言っていることは分かるのですが、事業として成り立たせようと思うと困るなというところがありました。最初は悩んだのですが、相手がなぜそう言っているのかを考えると、すっと理解できるようになってきて、こちらの伝えたいことを看護師さんたちの意味合いに変換して伝えていくというようなことができたのは、プロボノ経験があったからなんじゃないかと思います。
私は、プロボノでは、チームリーダーのような役割で、やることを決めたり、メンバーを選定したり、作業を依頼したりします。ですが、仕事ではないので「やってね」と言っても、義務はないので、やってもらうために工夫をしました。言葉の意味合いを、本人たちの意味に置き換えることによって、通じるようになったな、という経験が、大きかったと思います。

 

―― 栗林さんにも伺いたいのですが、リーダーとして気を付けていること、心がけていることがありましたら、教えてください。

 

栗林さん:私の場合、どちらかというと「みんな付いてこい!」みたいなリーダーではなくて、そのなかで関わっているメンバーがやりたいことを、そっと背中を押したりとか、機会をつくっていくとか、「この人こういうことをやりたいんだって」ということを代弁したりとか、そういうことをしながら、みんながやりたいことを実現しながら、どう目標に向かっていくか、みたいなところをけっこう大事にしているかなと思います。
ママボノのときも、一人ひとりのメンバーごとに目標を立てよう、みたいなことをやりました。それがものすごい原動力になりました。みんながみんなそれぞれの目標を知っているので、ここはこうしたらいいんじゃないか、とお互いにフィードバックしあいながら、ドライブがかかった感じになりました。人って、やりたいことを思いっきりやれる、やりたいことに向かっていくパワーは計り知れないということをすごく感じました。
会社でもリーダーを任されているんですけれども、最初にメンバーで何をやりたいかを対話をして、そこに一緒に向かっていこうというスタイルは、ママボノから始まった、と思います。

 

―― 一人ひとりの主体性を活かすマネジメントのあり方が、プロボノから企業へと還流していき、会社の働き方を変えていく。素晴らしい実践のお話をありがとうございます。
それでは、ここから、聴衆のみなさんからご質問を募りたいと思います。

 

Q プロボノは、1日で完結するような手軽なボランティアではなく、一定期間の関与が必要なところが難しいと感じますが、みなさんはどうされたのでしょうか?

藤村さん:数ヵ月やそれ以上のプロジェクトというのもあるのですが、時間的に負担になるというほどにはやっていないというのが正直なところです。週に5時間から多くても10時間ぐらいの範囲。これぐらいは、趣味の時間を一時期すこし割けばできるかな、というぐらいで、自分の中でバランスを取りながらやっています。
もうひとつは、成果物を出さないといけないというのは事実なのですが、相手の期待値を調整するということも大事です。相手の期待100%に合わせるのではなく、自分ができる限度もありますので、現実に回せるようなやり方で進めていくようにしています。

 

Q 栗林さんに質問です。ママになると、伸びしろがあった自分が、子どもに伸びしろを振らなければいけなかったりで、責任ある仕事が受けられなくなって悩むことがあるように思います。そこをどう乗り越えたのでしょうか。

栗林さん:私がプロボノをやったのは、第一子の産育休中で、当然子育てが初めて、それでも、プロボノプロジェクトには納期があります。そこでまずやったのが、バッファを持つようにした、ということです。納期ギリギリに成果物を出すスケジュールを組もうとすると、いやいや、そういうときに、タイミングよく子どもが発熱するはずだから、とか(笑)・・・かなり前に終わるように、このぐらいバッファを持てば何かしら起こっても大丈夫だろう、という風に組み立てました。
もうひとつ、気を付けていたことは、作業が属人化しないようにしよう、ということでした。チームの中にサブチームをつくって、誰かの子どもが風邪をひいたとしても、もうひとりが代わりに作業ができるような体制を組んでいました。
会社でも、仕事でチームを組むときは、私は子どもがいます、発熱したらこういうケアはするけれどもどうしてもできないときはできないと言います、と正直に伝えています。業務の期日を少し早めに設定してもらうなどのお願いも伝えたりします。

 

―― 限られた時間でしたが、非常に内容の濃いお話をいただき、ありがとうございました。
プロボノのプロジェクトは、仕事で培った経験やスキルを活かして、一定期間、ある成果物を目指して、団体のニーズに応える活動で、それ自体が、ビジネスパーソンが取り組むボランティアとして非常に面白いものだと思います。そして、このセッションでお聞きいただきましたように、プロボノがきっかけのひとつとなって、その人が打ち込める次の活動テーマを発見するきっかけにもなる可能性があります。ボランティアに多様な参加スタイルがあり、その先に、さまざまなライフスタイルが広がっているということを感じていただければ幸いです。ご参加の皆さまもありがとうございました。

 

(写真提供:日本財団ボランティアセンター)